2015年05月19日

茹で卵でないかぎり

 茹で卵でないかぎり、卵は割れる。割るためにあるのだが不用意に割れると困る。最近でも調理中に割って床を汚した。冷蔵庫からひとつ取り出しているときに蓋の角に当たって割ってしまった。安い卵で殻が薄かったせいか、当たり所が悪かったのか判らない。
 子供の時分、お使いで卵を買いに行くと、いつもの乾物屋のおっちゃんが、「はいよーっ」と数だけ古新聞で包み、ビニール編みの買い物かごにそっと入れてくれた。
「割りなさんなやー」と注意喚起してくれたが、家に帰るまでによく割れた。割ったというべきか。よそ見して気躓いたり、信号を渡るのに走ったりして、気がついたら新聞に染みが広がっていた。
 不用意に割るのは私の十八番だったが、弟は片方の掌で上手に割って卵焼きやオムレツを拵えた。もとより理系タイプで大学もIT関係の学科だった。仕事もPCシステムを扱っている。もとより、というのも変だが、料理は私のような雑駁で緻密さに劣っているものには不向きである。そこは素材と手順そして分量という方程式の分野である。つい目分量で走ってしまう私ごときは、手の届かない世界である。
 一番簡単な卵の食べ方は割ったのをそのまま飲み込むことだ。
 シルベスター・スタローンが映画「ロッキー」の中で、早朝のロードワークの前、コップに何個か割りいれた生卵を飲み干していた。
 あれは貧困の底にいる挑戦者が檜舞台に立つための儀式のように見えた。根性と逞しさのシンボルだった。あのシーンを見て闘争心を掻き立てられたというファンも多かったのではないだろうか。あやかりたいと願った人も多かったはずである。reenex
 高校生になる頃に見た映画で、私のクラスのなかにも朝ご飯は生卵と真似をしていた子もいた。朝登校して教室に入ると「今日は三つ飲んだ」と大きな声で自慢する子がいた。十五歳ぐらいの男の子がそうやって毎日自慢したぐらいだ。生卵シーンの影響力は大きかった。
 私は生卵が苦手だ。半透明のあの白身のじゅるじゅる感がだめなのである。汚い話だが見た目が鼻水のような感覚があって気持ちが受け付けない。目玉焼き好きだが、黄身の半生には飛びつくクセに白身のナマは今でもちょっと気色悪い。上手に焼き上がったと見えたベーコンエッグで白身が半透明のままだと、蓋をして蒸し上がるのを待ったりする。だからロッキーの真似はできないし、卵かけご飯も好きではない。
 五歳のとき家が火事になった。父が営む段ボールの工場とその二階の家も丸ごと全焼した。
焼けてすぐ住まったのが母の兄のアパートだった。こっちは両親と私と弟の四人、向こうも家族四人だった。四畳半二間に台所のという狭い場所で八人が寝起きした。アパートは焼け落ちた工場から五メートルと離れていない近接さだったが類焼は免れた。部屋は窓を閉めていても長い間焼け残りの臭気がしていた。
 いつだったか、両家族の親が火事の後始末でばたばたしていた日だったのだろう、夕食が卵かけご飯きりだったことがあった。
 焼ける前の家でも食べたことがあったが、母に頼んで黄身だけにしてもらっていた。
私は割った卵殻に黄身を乗せ換えする母の手つきをじっとみて、黄身だけが器にポトンと落ちて、母が醤油を垂らして赤黒く混ざりきるまで気が気でなかった。reenex
 そんな手間を自分の女房がかけているとは知らず、その夜、卵の醤油混ぜをしたのは父だった。
「かずゆき、早う食べろ」
父が私の茶碗に盛りつけてくれたご飯には半透明の白身が醤油と混ざらずに茶碗の縁に溜まっていた。
「おとうちゃん、これいやや」
「こんな大変なときにお前は何を贅沢いうてんねん」
 しまった、とでも言うような顔をして台所の方から母も、「辛抱して食べ」と言った。
 しぶしぶ掻き込んだが口の中でじゅるっと音がするともう飲み込めなかった。無理に飲み込もうとすると涙が出た。げほげほえずくと、もっと涙が出た。泣きながら食べた卵かけご飯の味は鼻水の味がした。
reenex



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