2014年08月25日

そういう一言メッセージ

ここのところ、とある人と、陰湿に盛り上がっている。

別SNSに、大嫌いな人がいて、頻繁に日記をアップされている。
その日記が嫌いで嫌いでしかたなくCellmax 科妍美肌再生中心、虫唾が走るのだが、お化け屋敷に引き寄せられ、
ついつい入ってしまう。

わたしと同じ思いの人がいて、先日、直にメールをくださった。
お互い、大嫌いな人は別人なのだが、「わかる、わかる、あの人でしょ。あれは病気だわ~」
みたいなかんじで、悪口を吐き合っている。

誹謗中傷は公には出来ないので、二人の間だけで、
しかも、嫌いな人のハンドルとかは、はっきり出さないで、それとなく匂わせるかんじで、やりとりしている。

「今日の日記!!
もう、あきれるしかありませんCellmax 科妍美肌再生中心

そういう一言メッセージ。
こんなことを密室で送りあっている我々こそ、病気??

我々の共通点は、二人とも、自己陶酔型、勘違い劇場型が大嫌いなことである。
そして、世間や特定の人に、へんに媚びたり、迎合したりするのが、気持ち悪いと感じる。
我々も日記をアップしているが、お互いの日記には、ほとんどコメントをつけない。
裏で、ごによごにょ、やっている。
でも、表には決して出さない。大人ですから。

ひょっとして、わたしの日記(ブログ)も、陰でごにょごにょと、どこかの誰かの間で盛り上がっているのかも?
いいえ、わたしの日記にはそんなパワーはない。

「嫌い」というのは、絶大なパワーなのである。
負(マイナス)であろうが、正(プラス)であろうが、人を引寄せる吸引力がある。
我々は、その力に屈しているかたちになっている如新香港
これは、ある意味、みっともなくて、情けなくて、かっこ悪いのである。

正面切って負けを認められないで、陰で、ごそごそ、こそこそ。
この愚痴り合い、いつまで続くのか、見ものである。

が、ある程度続けると、自ずと次の展開が見えてくるはず。
自分の潜在意識のようなものが、はっきりつかめると思う。

ということは、マイナスのパワーも、効力があるということだ。
おそらく、ごにょごにょ相手も、わたしと似たようなタイプ(自意識過剰で、へんに熱く、問題意識を強く持つ)
なのでnu skin 如新
目下、自己嫌悪を感じながら、やりとりしていると予想できる。

どんな結果になるのか、とりあえずは、ごにょごにょ蠢き合って、経過を観察している。  


Posted by zico at 13:14Comments(0)

2014年08月11日

あくびは

落語のネタに『あくび指南』というのがある。
たまたま出合った熊五郎が
「あくび」を習いに行っているというところから始まる咄(はなし)。
このネタの枕に、よく使われるのが
「噺家(はなしか) 殺すにゃ刃物は要らぬ、あくび三つで即死する」
という都々逸(どどいつ)香港如新
ところが、あくびなどをされても、どこ吹く風。
即死どころか元気そのもの、というところだろう。


あくびは、「伝染する」と言われている。
実際、人があくびをしていると、つい、うつってしまうことがある。

このたび、「ナゼ伝染するのか?」を学術的に究明した論文が公開された。
それによると香港如新
あくびの伝染率は、60~70%。
逆を言えば、30~40%の人は、隣りであくびをしようが、
何の影響も受けないという事になる。

そこで、どんな人が伝染しやすいかを探るために、
実際に「あくび」を使って、それを見て影響を受けた人の脳を探ってみると、
「感情を処理する脳」の部位が活性しているのがわかったそうだ。
この脳とは如新集團
「他人の気持ちになって考えられる能力」だという。

すなわち、あくびが伝染しやすい人は、「思いやりがある人」ということになる。

となるとCellmax 科妍美肌再生中心
伝染しない人は、「KY」?  


Posted by zico at 15:38Comments(0)

2014年08月05日

実際に

『団塊の世代』に対する狭義の定義でいえば、
昭和22年から24年に生まれた世代をさすようだ。
それを前後する年も含めることもあるcellmax 科妍美肌再生中心
作家の堺屋太一の命名だといわれているが、
ヒット商品を生み出すには『団塊の世代を追え』ということが
さかんに言われた時期がある同珍王賜豪

実際に、様々なものが、この世代を軸に回っている。
60年代のアメリカンロックの隆盛やフォークソングの先駆け、
モータリゼーションを担ったり、70年安保の中心となったのは、この世代。
やがて、ニューファミリーと言われる新しい家庭像を描き、
その後、企業戦士と呼ばれたのもこの世代と言える。
最近、リタイアメントや介護ビジネスなどが声高に言われるのも、
この世代に向けられた動きでもある自遊行套票

今や富裕層の代表となった世代でもあるが、
この世代が青年期にさしかかる頃は、高度経済成長の最中ではあったが、
やはり貧乏な時代如新香港
もちろん、富裕な親もいない。その当時の憧れの一つは、無銭旅行。
それを実現するのは、寝袋を抱えてのヒッチハイク。
1965から70年頃の、北海道や九州などに行くと、こんな若者が溢れていた。
のんびりしている時代だったのか、運転している人の家に泊めてもらったり
食事にあずかったりなど、様々な人情話もあった。
  


Posted by zico at 19:09Comments(0)