2014年06月18日

この言葉が生まれた背景は

血気に はやって向こう見ずなことをすることを「暴虎馮河(ぼうこひょうが)」という。
これは、『論語』の中に出てくる言葉で、
読んで字の如く、虎に向かって徒手で、なりふり構わず挑んだり、
舟を使わずに大河を渡ることを意味する。

この言葉が生まれた背景は如新集團
「孔子の弟子である子路は、勇猛で数々の武勇もあった人物。
その子路が孔子に
「もし大群を動かして、戦いに臨もうとするならば、誰とともに行かれますか?」
という質問をする。
孔子の弟子は中一收生、一説に三千人ともいわれるが、
その中で自分ほど武勇にすぐれているものはないという自負から言った言葉。

子路は、すぐに「お前」と言ってもらえると思ったが、孔子の答えは、
「暴虎馮河、死して悔いなき者は、我とともにせざるなり」
と答えたという。
すなわち、勇猛果敢であっても、討ち死にのような、向こう見ずな行動をとる者とは、
行動をともにしない、と一蹴されてしまう」
戦(いくさ)というものは、慎重で綿密な計画を立てて兵を動かすものでなくてはならない、
ということらしい。


W杯サッカーで、初戦負けを喫した日本チーム。
初戦の不完全燃焼を挽回すべく康泰導遊
今度は、何としても勝って欲しいと願うところ。
そのため、どこか、おとなしいイメージのある日本チームに
勇猛果敢で、闘志むき出しのゲームを望んだりもする。

だけども、ここは孔子の言葉の如く海外婚禮
慎重で綿密な計画をもって戦うことが肝要、というところか?



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